パラリア創設秘話Part2 パラリアという新しい学び場ができるまで

前回のPart1では、代表の浅見が大学受験塾の経験を踏まえた上で、そえぞれの良い点と悪い点を挙げてもらいました。
今回はこれらをパラリアでどのようにして応用しているのか。その部分を伺いました。

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ーー前回の内容を踏まえた上で、パラリアの立ち上げの経緯を教えてもらいたいです。

浅見:基本にあるのは家庭教師です。ひとりのパラリア生にとって最適な教材を選ぶことや、スケジュールを組むことを、学習面で取り入れています。一方で「ひとり何時間」という、講師が生徒に付く時間を決めてしまうと、家庭教師と同じになってしまって、「先生が付いている時間になるべくたくさん質問しなくては」という変な構図になってしまうので、そうはしたくはないと考えていました。

それに加えて、自分で解いた上でわからないことを質問してもらわないと、学習効率があまり良くないと思ったので、その2つが同時にできたらいいなと考えていました。

さらに、個別指導や家庭教師ではなかった「同世代の友人と話す」ということが、集団授業ではありました。これは自分が浪人をしているときに、成績が同じくらいの人と勉強法や教材について話していたことに意味があると感じていたので、これも取り入れたいと思っていました。

ーー同世代の競争相手がいることは集団授業が一番実感できますよね。

浅見:その3つが既存の学習環境の中から取り入れたものです。また、起業をしようと思って大学に入っていれば、サークルや部活でスケジュールを詰めなかったのですが、自分の場合は部活やバイトでスケジュールを詰めてしまってから、起業をしている人と出会った。なので「就職以外の選択肢がある」ということは大学に入る前に知りたいと思っていて、それも組み込みたかった。本当に忙しくて大変でした(笑)

ーーまとめると、家庭教師や個別指導、集団授業のいいとこ取りをして塾の側面も持ちつつ、高校生に視野を広げてもらうためのサービスがパラリアなのですね…! そもそも浅見さんはなぜパラリアをやろうと思ったのですか?

浅見:大学に入った時から高校生に提供できる価値を最大化することを目標にしています。始まりはバイトなのですが、仲良く話す高校生に対して、自分がどれだけの価値を提供できるのかを考えていました。しかし、バイトという限界があり、個人で家庭教師をやってみたのですが、家庭教師でも限界がありました。

どうすれば高校生に、今の自分がやっていること以上の価値を提供できるかということを考えていたのですが、その時は個人でやるという枠の中で考えてしまっていたので、家庭教師やオリジナル教材が限界でした。学生で会社をやっていた社長の方々を尊敬していたので、自分でもやりたいという考えはあったのですが、実行にはなかなか移せませんでした。

その時に田中先生と伊藤先生に出会って「場所を持つ」という自分にとっては新しい発想があって、場所を持つなら自分が考えている高校生に最大の価値提供ができるのではないかと思い、パラリアを立ち上げました。

ーー大学に入った時から、高校生に価値提供をしたいと思っていたのには、何か理由があるのですか?

浅見:自分が浪人生の時に、たまたま自分の数Ⅲの担当をしてくれた、おじいちゃん先生が大きなキッカケです。大学生の自分がつくれる価値はなんだろうと考えた時に、高校生に自分の体験を伝えるということが、現時点でできることだと思っていました。

その時に「今からスキルアップをして、何か困っている人を助けよう」ということは考えていなくて。大学に進学した時に、自分がすごく辛い経験をしていたから、自分と同じような悩みを持っている人を一人でも減らせたらいいなというテーマを持ち続けてパラリアをやっています。

ーー「自分と同じ悩み」というのは勉強が辛かったことですか?

浅見勉強で頑張っても結果が出ないことです。よくよく考えてみると、頑張っても結果が出ないことは自分の中であったと思っています。例えば、強いチームに所属してたのもあると思うのですが、小学校の時にサッカーをすごく練習していたのに、レギュラーにはなれませんでした。

頑張ったけど、結果に出ないというのは、勉強に関してはすごくきつかった。もちろんみんなが勉強してるのもあるけど、あれだけ勉強して偏差値50とか。そういう頑張っても結果が出ないということすごく辛いということは当時からずっと思っています。そんなことはあまり経験しなくていいと思っています(笑)

ーー浅見さんを救った、数学の先生はどんな先生だったのですか?

浅見:いってしまえば、すごく性格が悪いと思われる先生で(笑) 校舎長やいろんな先生から煙たがられていました(笑)年齢がかなり上の人だったので、昔ながらの考え方を持った先生なんです。授業中に寝ていたら怒鳴る、板書がとてつもなく汚い、何を言ってるのかわからない、など。。。

とてもたくさんあったのだけど、数学に関しては、3行で答えを出すくらい、とても秀でていました。しかもその3行も、答案で書いたら丸が来ますということまでわかっていたんです。

なので、他のほとんどの学生はその先生を嫌っていましたが、自分はその先生に積極的に質問をしていました。周りからは性格が悪いと言われているのに、いざこちらから関わろうとすると、きちんと教えてくれる。

自分はその先生に感化されて、数学がかなりできるようになって、そのおかげで合格したと思っています。偏差値50だった自分が東工大に受かったのは、かなり人生変わったと思っています。周りからちやほやされるかどうかとか、世間体を本当に気にしない所とか、目先の一人二人の人生を変えていることに全力を注ぐ、全部まとめて、その先生が本当にかっこいいなと思ったんです。

そのため、そういう人になりたいと今でも思っています。なので、学校の先生というのは選択肢にありませんでした。

ーー学校の先生だと、みんなを見ないといけないですからね。

浅見:自分には、その数学のおじいちゃんのような理想像があります。高校3年生と浪人の時に辛かったという思いはもちろんあって、そういうのを自分より世代が下の人たちには感じて欲しくない。もちろん、あの苦労があったから今があるみたいな話もできるのですが、ロスも多かったので(笑)

ーー最初から偏差値が60や70あれば楽ですもんね。それこそ、高校生のうちに起業家などのいろんな方と話すことができますし。

浅見:学生の社長の方と会って思ったことは、受験で悩むのもいいのですが、もっと将来まで悩めたらいいということもあって、高校生というところを今ままでテーマにしてきました。それに、今パラリアをやっていて、全然飽きないんです。

ーー飽きないというのは、どういうことですか?

浅見:受験で合格したパラリア生がいたら、自分のコーチングがうまくいった感じはありますし、パラリア生が合格するのも本当に嬉しいことなのですが、それでOKとは全く思っていません。それに加えて、自分が完璧主義だからかもしれないのですが、やればやるほど、これをやったらもっといい、これもやったらもっといい、これもやったら・・・という、アイデアがどんどん湧く。

そのアイデアが湧くのは、高校3年生の自分がその場で変わるにはどうするかと問い続けているからだと思っています。当時の「勉強しか考えてなかった」「勉強は周りがやってるからやっていた」「頭悪いのがかっこ悪い」という、視野が狭くて、勉強から解き放たれたらゲームするという。。。「将来は何をしよう」や、「仕事はどうしよう」などを全く考えない過去の自分にどういうアプローチをしたら「おっ…!」と思うか。

ーー様々なバイトの経験値と、過去の浅見さんが驚くことが混ざりあったのが、パラリアの勉強スタイルなのですね!

浅見:「どういう教材を使うか」ということや、「どういうペースで勉強するか」ということなどの、スケジュール管理の上手さが受験結果には如実に現れると思っています。それは、そういうところを意識したら自分の成績が上がったからなのですが。そのため、このような形でパラリアをやっています。

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今回は浅見の過去からどうパラリアができたのかを語ってもらいました。
次回は、現在のメンバーがパラリアに関わった経緯を対談方式で語っていただきます。

Text by 佐藤 みちたけ

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